三富の歴史

三富地域について

三富地域は、新田開発以来、屋敷地と農地、平地林が一体となった地割が維持されており、開拓時の面影を現在まで伝えてきました。 平地林の落ち葉を堆肥として畑にすき込んでいくことで、地力を増強し、保持し、この地域に適合させた独自の循環型農業が営まれ、ホウレンソウ、サトイモ、カブ、ニンジン、ダイコン、ゴボウ、チンゲンサイなどの他、サツマイモ、ウドなどの地域特産物の生産も盛んです。
この地域では、化学肥料や安価な有機質肥料が容易に入手できる今日にあっても、約6割の農家は平地林の落ち葉を堆肥として利用しています。そして、減農薬・減化学肥料栽培農産物の生産は、県内他産地に比べ群を抜いています。 こうした三富地域の農業ですが、ここ40年ほどのいわば短期間で、急激な変化をしてきました。つまり、昭和30年代から始まる石油、ガス、電気などのいわゆるエネルギー革命と高度経済成長の大きなうねりのなかで、平地林は、薪炭林としての意義を急速に失っていきました。 また、都市化に伴う様々な土地需要や多額の相続税負担を契機とした土地売却などから平地林の減少が進み、廃棄物焼却施設や資材置き場などに見られるような土地利用の混乱や地域環境の喪失を引き起こしています。 こうして、平地林とともにあったこの地域は、かつてなかった大きな変貌を遂げ、平地林を活用した伝統的な農業を継続し、それによる平地林のある豊かな農村環境を、農家の人たちの努力だけで守っていくことは、容易ではなくなっています。(「さんとめねっと」HPより抜粋 「さんとめねっと」とは、三富地域を次世代に伝えていくことを目的とするネットワーク。埼玉県、所沢市、狭山市、川越市、三芳町、JAいるまの、市民から構成)

生活クラブ埼玉とのかかわりについて

1998年ニュースステーションの報道に端を発したダイオキシン汚染問題以降取組みが始まりました。ダイオキシン汚染所沢問題をうけ1999年度総代会特別決議「私たちは地域で安心して暮らしていけること、食料自給を進めるため、全国で農業が継続できることを求めて、おおぜいの力を合わせます」を決議しています。

同年「埼玉で考えたこと」34万部を発行し、臨時支部委員会「生活クラブって、安全?」、統一班会議、首都近郊農業の保全のための請願を県・国へ提出しました。以降、所沢ブロックの組合員活動として継続的なかかわりを続けています。埼玉県設置の委員会「みどりの三富地域づくりや懇話会」「くぬぎ山自然再生計画検討委員会」に参加し、現在では2010年から始まった「農」と里山シンポジウムへの実行委員会参加、落ち葉はき等のイベントの開催、大豆一粒運動などを行っています。

2013年には、地元農業者、行政(川越農林振興センター、市町村)、江戸農法の会、NPO法人・木の家だいすきの会、JA、市民有志とともに三富平地林活用協議会を立ち上げ、国交省の助成を受けて循環型農業にとって不可欠な平地林を保全していく課題を薪の利活用で解決していく調査活動を行いました。2014年も2年連続で国交省の委託を受けて調査活動を継続しています。


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